リバウド

RIVALDO
生年月日
1972年4月19日
国籍
ブラジル
身長
185cm
体重
75kg
ポジション
エストレーモ,メディアプンタ
在籍
1997-2002
世界最高レベルの巧みな左足のボール捌きと力強いシュートを放つことから、「レフティモンスター」、「左足の魔術師」と言われる。1997−1998、1998−1999シーズンでのリーグ連覇に貢献し、1998−1999シーズンにはバロンドールとFIFA最優秀選手賞を受賞。2000−2001シーズンから背番号が11から「10」になり、スター選手であるルイス・フィーゴがライバル関係にあるレアル・マドリーへ移籍したため、エースとなった。このシーズンのリーガ最終節、来シーズンのチャンピオンズリーグ出場をかけたバレンシア戦でリバウドはチームの全得点を叩き出すスーパーゴールでのハットトリックを記録した。1点目は前半3分、バレンシアの壁を僅かに掠めてネットに突き刺さったフリーキック。2点目は前半ロスタイム、リバウド得意の押さえの利いた強烈な低い弾道のミドルシュート。そしてとりわけ3点目は今もファンの間では語り草となっている。2対2の同点、後半43分を経過し残り時間はわずかであり、引き分けならバレンシアがチャンピオンズリーグに出場することになるという状況。ここでリバウドはフランク・デ・ブールからのパスをペナルティエリア正面少し手前で受け、胸でボールを浮かしそのまま左足で豪快なオーバーヘッドキックを放った。アウトカーブがかかったシュートは名手カニサレスでも止められずゴール左下隅に突き刺さった。スタンドで観戦していた当時のガスパール会長が珍しく狂喜乱舞し、ルイス・エンリケに「あれはキャプテン翼でしか表現できないプレーだよ」と言わしめ、メディアも「キャプテン翼は実在した」と絶賛を受けた。また日本のファンの間では「あれは、リバウドが神になった瞬間だった」と言わしめた。当時低迷するチームの中で、リバウドの孤軍奮闘のプレーが目立つシーズンだった。また2001−2002シーズンでは、パトリック・クライファート,ハビエル・サビオラと共にトリデンテ(三椏の矛)とよばれるトリオの中心として、強烈な攻撃を披露していた。しかし、このシーズンのリバウドは怪我が多く、試合数得点数ともに入団以来最低の成績であった。個人技でも奇跡的なプレーを随所に見せチームを救う活躍をみせていたが、ルイス・ファン・ハール監督との折り合いが悪く、2002−2003シーズンから彼がバルセロナの監督を再び就任することになり、2002年にACミランへ移籍する。だが、イタリアのプレイスタイルに馴染めず、更に自身の離婚問題でコンディションを崩し出場機会に恵まれず、2003年に退団。その後ギリシャのオリンピアコスに移籍。リーグの得点王になるなどチームの中心選手としてリーグ3連覇に貢献したが、2006−07シーズンオフに契約交渉が決裂し退団。ブラジルに帰国する予定であったが、家族がギリシャに残ることを希望したため、退団して2週間後にオリンピアコスのライバルであるAEKアテネに移籍。2008年ウズベキスタインのブニョドコルに移籍した。現在はフリーの身である。
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